
日常の食卓に寄り添うパンですが、ひとくちにパンと言っても、ふんわり柔らかな菓子パンから、外側が香ばしく中はもっちりとしたフランスパンまで、食感や風味には驚くほど豊かな違いがあります。この違いを生み出している大きな要素が、小麦粉や酵母の配合だけでなく、どのように生地を仕込むかという「製法」です。
普段何気なく選んでいるパンがどのような工程を経て焼き上がっているのかを知ると、いつものパン選びがより楽しく、奥深いものに変わっていきます。福岡県北九州市戸畑区でパンを焼き続けるThe 884 Bakeryです。今回は、パンの種類や食感を決定づける代表的な製法の仕組みや特徴、そして季節ごとの生地作りの工夫について、パン作りの現場の視点を交えながら分かりやすくお話しします。
パンの食感と風味を決める代表的な仕込み製法と特徴
パン作りにおける製法とは、材料を混ぜ合わせてから焼き上げるまでの道筋のことです。同じ小麦粉や水を使っていても、生地をどのように捏ね、どのように発酵させるかによって、焼き上がりの風味や口どけ、日持ちの良さが大きく変化します。まずはパンの基本となる仕込み製法の種類と違いを見ていきましょう。
ストレート法(直捏法)と中種法(なかだねほう)の違い
パン作りの基本としてよく比較されるのが、ストレート法と中種法です。パンの製法や種類による違いを学ぶ際、ストレート法と中種法の比較は初心者の選び方や自由研究のまとめ方としても親しまれるテーマの一つです。
ストレート法は、すべての材料を最初から一度にボウルに入れて捏ね上げ、一次発酵、成形、二次発酵、焼成へと進める伝統的な製法です。工程がシンプルなため、小麦粉本来の素朴な風味や豊かな甘みがダイレクトにパンに残ります。フランスパンのようなシンプルなハード系パンや、素材の持ち味を純粋に引き出したいパンによく用いられます。一方で、作業環境の温度や湿度に影響を受けやすく、日持ちの面では早めに食べ切ることが好まれる傾向があります。
これに対して中種法は、使用する小麦粉の半分以上と水、イーストを先に混ぜて「中種」を作り、じっくり発酵させた後に、残りの材料(小麦粉、油脂、砂糖、塩など)を加えて本捏ねを行う二段階の製法です。発酵に時間をかける分、グルテンの網目構造がしなやかに育ち、ボリューム感のあるきめ細やかなパンに仕上がります。ふんわりとした柔らかさが長続きし、老化(パサつき)が遅いというメリットがあるため、食パンやあんぱん、クリームパンなどの菓子パンによく選ばれます。
湯種パンの製法と食感の特徴
近年人気を集めている湯種(ゆだね)パンは、小麦粉の一部に熱湯を加えて捏ね、一晩寝かせた湯種生地を本生地に混ぜて焼き上げる製法です。小麦粉に熱湯を加えることでデンプンが糊化(アルファ化)し、小麦本来の自然な甘みが引き出されるとともに、水分をたっぷりと抱え込む性質が生まれます。
湯種パンの種類と特徴としては、吸水率が高いためしっとりとしていながら、歯切れの良い独特のもちもち感が持続する点が挙げられます。パサつきにくく、翌日でもそのまま美味しく食べられるため、毎日の朝食にいただく食パンや、具材を包む総菜パンの生地としても優れた魅力を発揮します。
高加水パンがもたらす極上の口どけ
一般的なパンに比べて仕込み水の割合を大幅に増やして仕込む高加水パンも、パン好きの間で注目を集めている製法の一つです。通常は小麦粉に対して65〜70%程度の水分量で仕込むところを、80%以上、場合によっては90%近くまで水分を含ませて焼き上げます。
高加水パンの製法は、生地が非常に柔らかくべたつくため、手で扱うには高度な技術と見極めが求められます。しかし、たっぷりの水分を抱え込んだ生地を高温で一気に焼き上げることで、外皮はパリッと薄く、クラム(内側の白い部分)はみずみずしく、まるでゼリーのようにぷるんとした滑らかな口どけともちもち感が生まれます。噛むほどに小麦の甘みと旨みがじわじわと広がり、オリーブオイルやスープとの相性も抜群です。
天然酵母による風味の深みと違い
パンを膨らませる酵母にも、市販のパン酵母(イースト)と、果実や穀物などから自作・培養する天然酵母(自家製酵母)があります。天然酵母を使ったパンの製法は、イーストのみで作るパンに比べて発酵に長時間を要します。しかし、酵母菌だけでなく乳酸菌や酢酸菌などの複数の微生物が共生しているため、特有の芳醇な香りや、ほのかな酸味、奥深い旨みがパンに宿ります。クラスト(外皮)がしっかり焼き締まり、日持ちが格段に良くなる点も天然酵母パンの大きな持ち味です。
焼き方と温度管理が左右するパンの個性とバリエーション
仕込み製法によって骨格が作られた生地は、成形を経てオーブンで焼き上げられることで、それぞれのパンが持つ固有の表情へと仕上がります。パンの種類ごとに求められる食感を実現するためには、焼成時の温度や蒸気の使い方が決定的な役割を果たします。
ハード系パンを際立たせる蒸気焼成の秘密
バゲットやバタールなどのフランスパンに代表されるハード系パンの種類では、製法における蒸気焼成(スチーム)が欠かせません。パンをオーブンに入れる際、窯の内部にたっぷりと高温の蒸気を注入します。
蒸気を当てることには二つの理由があります。一つは、生地の表面が急激に熱で乾いて固まるのを防ぎ、オーブンの熱によって生地が最大限に膨らみきる(オーブンキック)のを助けることです。表面にクープ(切れ目)を入れるのも、その割れ目から内部の熱とガスを逃がして美しく伸び上がらせるためです。もう一つは、生地表面のデンプンが蒸気によって溶け、焼き色がつくと同時に、薄くてパリッとした香ばしいクラストを形成するためです。蒸気焼成によって、外側はカリッと心地よい歯ごたえになり、内側は大きな気泡を含んだみずみずしい食感が完成します。
明太フランスなどのハード系総菜パンも、このしっかりとした生地の香ばしさと旨みがあるからこそ、明太子バターの濃厚な味わいを受け止め、噛みしめる喜びを生み出してくれます。
リッチな菓子パンとヴィエノワズリーの繊細な火入れ
一方、メロンパン、クリームパン、あんぱんなどの菓子パンや、ミニクロワッサンのような折り込み生地(ヴィエノワズリー)は、ハード系とは対照的な温度管理と焼き方が求められます。
バターや卵、砂糖を贅沢に使用したリッチな生地は、熱が通りやすく焦げやすいため、ハード系よりもやや穏やかな温度でじっくりと火を通します。焼き色がつきすぎないように見守りながら、中の水分を逃がしすぎずにしっとりと焼き上げることで、口に入れた瞬間にふんわりとほどけるような柔らかさが保たれます。
クロワッサンの場合は、極限まで冷やしながら薄く折り込んだバターの層を、高温のオーブンで一気に立ち上がらせる必要があります。バターが溶け出して生地に染み込む前に、生地中の水分とバターの水分が蒸発して層を押し広げ、無数の空洞を作ることで、あのサクサクと繊細で軽やかな食感が生まれるのです。
季節の変化とパン作り|夏の発酵管理や冷やして楽しむコツ
パン生地は生き物であり、日々変化する室温や湿度に敏感に反応します。特に日本の夏は、パン作りにおいて最も注意を払う季節です。温度が高すぎると発酵が進みすぎてしまい、酸味が出たり生地のコシが失われたりする「過発酵」のリスクが高まります。ここでは、夏を快適に乗り切る製法の工夫と、暑い季節にも美味しくパンを味わう工夫をご紹介します。
夏のパン作りにおける過発酵を防ぐコツとオーバーナイト法
夏のパン作りで過発酵を防ぐ製法のコツは、仕込み水の温度をしっかり下げることや、捏ね上げ温度を低めに設定することです。氷水を使って生地の温度上昇を抑え、発酵のスピードを穏やかにコントロールします。
夏場に重宝されるのが、オーバーナイト法(低温長時間発酵法・冷蔵発酵)です。生地を捏ねた後、すぐに暖かい場所で発酵させるのではなく、冷蔵庫などの低温環境(おおむね5℃前後)に一晩置いてゆっくりと発酵を進めます。低温でじっくり時間をかけることで、酵母の活動がゆるやかになり過発酵を防ぐことができます。さらに、小麦粉の酵素がじっくりと糖分を引き出すため、イーストの量を極力抑えながら、粉の甘みと旨みが凝縮された風味豊かな生地に仕上がります。ご家庭で夏のパン作りに挑戦される際にも、冷蔵庫を活用した冷蔵発酵のコツを取り入れると失敗が少なくなります。
暑い季節に喜ばれる冷やして食べるパンの楽しみ方
気温が高い季節には、冷やして食べるパンの種類や製法にも注目が集まります。一般的に、パンは冷やすと小麦粉のデンプンが老化して硬くなり、パサついてしまいがちです。しかし、配合や製法に工夫を凝らすことで、冷蔵庫で冷やしても柔らかく滑らかな口当たりを楽しめるパンを作ることができます。
冷やしても硬くなりにくいパンを作るコツは、油分や水分の配合を高めに設定することや、湯種法や中種法を用いて保水性を高めることです。また、油脂には冷えても固まりにくい植物性油脂をブレンドしたり、しっとりとしたブリオッシュ生地に滑らかなカスタードクリームをたっぷり包み込んだりすることで、ひんやりとしたデザート感覚のクリームパンとして美味しく味わっていただけます。
当店The 884 Bakeryでは、17年の経験を持つ職人が、その日の気温や湿度に合わせて「パンと会話する」ように生地の声に耳を傾け、粉の配合や発酵時間を細かく微調整しながら毎朝一つ一つ焼き上げています。「美味しいのは当たり前」という信念のもと、定番のフランスパンやベーグル、クリームパンから、旬の味わいを取り入れたサンドイッチまで、パンが主役となる豊かな時間をお届けしています。JR戸畑駅から徒歩5分の場所にございますので、お近くにお越しの際は、焼き立ての香りに包まれる店内へぜひお立ち寄りください。
パンの種類や製法による違いを知ることで、パンを選ぶ楽しさは何倍にも膨らみます。今日食べるパンがどんな時間を経て目の前に届いたのか、そんなパン作りの背景に思いを馳せながら、一口ごとの豊かな味わいと香りをゆっくりとお楽しみいただければ幸いです。

