毎日の朝食やおやつ、お食事のシーンに寄り添うパン。店頭に並ぶパンを見つめながら、「どうしてこんなにもっちりしているのだろう」「このカリッとした香ばしさはどこから生まれるのだろう」と不思議に思ったことはありませんか。

パンの味わいや口溶け、香りは、使われる材料はもちろんのこと、どのような手順や温度で生地を仕込んだかという「製法」によって大きく変化します。同じ小麦粉や酵母を使っていても、作り方ひとつで全く異なる表情を見せてくれるのが、パン作りの奥深く面白いところです。

こんにちは、福岡県北九州市戸畑区のパン屋、The 884 Bakeryです。パン職人として17年にわたり生地と向き合い続けてきた視点から、今回はパンの代表的な製法と種類の違い、季節に合わせた発酵の工夫についてじっくりとお話しします。パンを選ぶときの豆知識として、日々のパン選びをより楽しむきっかけにしていただければ幸いです。

生地作りで変わる食感と風味!代表的な製法とその特徴

パンの骨組みを決めるのは、粉と水、酵母をどのように合わせて発酵させるかという工程です。製法ごとの特徴を知ると、パンをひと口食べたときの感動がより深まります。

ストレート法と中種法の違い

パンの製法を語るうえで基本となるのが、ストレート法と中種法(なかだねほう)の違いです。

ストレート法(直捏法)は、すべての材料を一度にミキサーに入れて捏ね上げ、発酵、成形、焼成へと進める伝統的な手法です。短時間で仕上がるため小麦本来のフレッシュな風味やストレートな香りが残りやすいのが魅力です。噛みしめるほどに小麦の素朴な味わいが広がるバゲットや、軽やかな食感を楽しみたいパンによく用いられます。

一方で中種法は、使用する小麦粉の半分以上と水、酵母を先に合わせて「中種」を作り、数時間じっくり発酵させてから、残りの材料を加えて本捏ねを行う二段階の製法です。あらかじめ時間をかけて酵母を育てるため、生地の伸びが非常に良くなり、ふっくらときめ細やかな内相(クラム)に仕上がります。時間が経ってもパサつきにくく、しっとりとした柔らかさが長続きするのが大きな長所です。口どけの良さを重視する食パンや、ふんわりとした菓子パンの生地などに広く活用されています。

湯種製法がもたらすもちもち感とメリット

近年、食パンやベーグルなどで耳にする機会が増えたのが湯種(ゆだね)パンです。湯種製法は、小麦粉の一部に熱湯を加えてあらかじめ捏ね、一晩寝かせてから本生地に混ぜ合わせる技法を指します。

小麦粉に含まれるデンプンに熱湯が加わることで「糊化(アルファ化)」が起き、水分をたっぷり抱え込む性質が生まれます。これによって、焼き上がったパンは吸い付くようなみずみずしい「もちもち食感」となり、小麦本来の自然な甘みがふわりと引き出されるのが特徴です。乾燥に強く、翌日になってもパサつかず柔らかな状態を保てる点も、湯種ならではの魅力といえます。

高加水パンの瑞々しさとハード系パンを支える蒸気焼成

最近のトレンドとしても注目されているのが高加水パンです。一般的なパン生地の水分量は粉に対して65〜70%ほどですが、高加水パンでは80%以上、ときには粉と同量近くの水を抱え込ませます。生地が非常に柔らかく扱いが難しいため、職人の繊細な手加減が求められますが、焼き上がりは大きな気泡を含んだプルプル・もちもちの独特な食感に仕上がります。

また、フランスパンをはじめとするハード系パンの製法で欠かせないのが「蒸気焼成(スチーム)」です。高温に熱したオーブンの中に生地を入れた瞬間、たっぷりの蒸気を送り込みます。蒸気が生地の表面に膜を作り、急激な乾燥を防ぐことで、生地がオーブンの中でしっかりと膨らみます。その後、表面の水分が蒸発する過程でデンプンがカラメル化し、バリッと香ばしく薄いクラスト(外皮)が完成するのです。あの心地よい咀嚼音と奥深い香ばしさは、蒸気焼成という製法の賜物です。

季節や気温で変化するパン作りの奥深さ

パン生地は生き物です。室温や湿度、粉の温度に敏感に反応するため、季節ごとに製法へのアプローチを変える必要があります。

夏のパン作りにおける発酵管理と過発酵を防ぐ工夫

気温が高くなる夏場は、パン作りにおいて最も神経を使う時期のひとつです。パン酵母は温かい環境を好みますが、室温が高すぎると酵母の活動スピードが上がりすぎてしまい、あっという間に「過発酵(かほっこう)」を引き起こしてしまいます。過発酵になった生地は、焼き上がりの色が白っぽくなったり、お酒のようなツンとした酸臭が残ったり、ふくらみが損なわれてパサついた食感になってしまいます。

夏場の過発酵を防ぐ製法のコツとして、仕込み水の温度を氷水などでしっかり下げ、捏ね上げ温度を低めにコントロールすることが挙げられます。また、あえて酵母の配合量を控えめに調整し、時間をかけてゆっくりと生地を育てる配慮も有効です。自由研究のテーマとして、仕込み水の温度や発酵時間を変えた比較実験をしてみるのも、パン作りの奥深さを知る素晴らしいきっかけになります。

オーバーナイト法(冷蔵発酵)のメリット

夏のパン作りや、風味をじっくり深めたいときに頼りになるのがオーバーナイト法(冷蔵発酵)です。生地を捏ねた後、室温ではなく冷蔵庫の野菜室(5〜10℃前後)に入れ、一晩かけてじっくり低温で発酵を進めます。

酵母の活動を意図的に抑えながら時間をかけることで、小麦粉の酵素がデンプンを分解して糖に変え、旨味成分が格段に増していきます。また、翌朝は生地が扱いやすい温度に引き締まっているため、成形がスムーズに行える利点もあります。朝焼き立てのパンを楽しみたい方にも親しまれている手法です。

冷やして美味しいパンの楽しみ方

本来、パンのデンプンは冷蔵庫の温度帯(0〜4℃)で最も老化が進み、硬くなりやすい性質を持っています。しかし、製法を工夫することで、冷やしても柔らかさを保つ冷製パンを作ることも可能です。

例えば、油分や糖分をリッチに配合したブリオッシュ生地に滑らかなカスタードをたっぷり包んだクリームパンや、もっちりとした白パン生地を用いたサンドイッチなどは、冷蔵庫で少しひんやりと冷やしても心地よい口当たりを楽しめます。暑い季節のティータイムに、冷たいパンを取り入れてみるのも新鮮なひとときになります。

毎日の食卓を彩るパンの選び方と暮らしへの寄り添い

パン屋さん頭に並ぶ多彩なパンたちは、それぞれが独自の製法と想いを持って焼き上げられています。

気分やシーンに合わせたパンの選び方

パンを選ぶときは、その日の気分やお食事のシーンに製法を重ね合わせてみるのがおすすめです。

・朝の目覚めに軽やかなトーストを楽しみたいとき
小麦のストレートな香りが立ち上る山型食パンや、サクサクとした層が心地よいミニクロワッサンがぴったりです。

・お昼ごはんにしっかり満足感を得たいとき
歯切れの良さと具材の受け止めが秀逸なサンドイッチや、具材の旨味が染み込んだ総菜パン、噛みごたえのあるベーグルを選ぶと、食べごたえのある贅沢なランチになります。

・午後のひと息に癒されたいとき
ふんわり甘いリッチな生地のクリームパンやあんぱん、外はカリッと中はふんわりのメロンパンが、疲れた心を優しく満たしてくれます。

・夕食のワインやお料理のお供に
蒸気焼成で香ばしく焼き上げたフランスパンや、ピリッとしたアクセントが癖になる明太フランスを薄くスライスして添えれば、食卓が一層華やぎます。

「美味しいのは当たり前」という信念で届けるパン

The 884 Bakeryでは、「美味しいのは当たり前」という信念を胸に、日々最高のパンを追求しています。職人歴17年の経験を重ねた今でも、パン作りは毎日が新しい挑戦です。小麦粉のロットやその日の湿度、気温によって生地の吸水や発酵の速度はわずかに揺れ動きます。

だからこそ、決められた時間やレシピ通りにただ作業を進めるのではなく、職人がパンと「会話する」ように生地の声に耳を傾け、指先で弾力を確かめながら一つひとつ丁寧に焼き上げています。天然酵母の健やかな力やそれぞれの製法の長所を最大限に引き出すことで、ひと口噛みしめた瞬間に広がる風味と心地よい食感をお届けしています。

当店では、パンが主役となる体験を心ゆくまで楽しんでいただけるよう、さりげなく心地よい接客を心がけています。JR戸畑駅から徒歩5分と立ち寄りやすい場所にございますので、お散歩やお仕事帰りにふらりと扉を開けてみてください。焼き立ての温かな香りと多彩なパンをご用意して、皆さまのご来店を心よりお待ちしております。